本切羽と開き見せ ― 伝統と実用性のあいだで
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テーラードジャケットを語るうえで、「本切羽(ほんせっぱ)」はしばしば高級仕立ての象徴として紹介されます。
袖口のボタンホールが実際に開閉できる仕様であることから、「本切羽でなければ本格的ではない」と考える方も少なくありません。
一方で、袖口には開き見せと呼ばれる仕様もあります。こちらはボタンホールを実際には開けず、本切羽のような見た目だけを再現したものです。
では、本切羽と開き見せは、どちらが優れているのでしょうか。
私たちは、「どちらにも理由がある」と考えています。

本切羽の始まり
本切羽の起源については、「医師が診察時に袖をまくるためだった」という有名な説があります。しかし、この逸話を裏付ける確かな歴史資料はほとんど残されておらず、現在では数ある説の一つとして紹介されることが一般的です。
その後、袖口を開閉するという実用的な役割は次第に失われましたが、本切羽という仕様はクラシックテーラリングの伝統として受け継がれてきました。
また、本切羽が特別視される理由は、高級だからというよりも、オーダーメードとの相性の良さにあります。
オーダーメードでは、一人ひとりの袖丈を決定したあとにボタンホールを開けるため、本切羽を自然に採用できます。一方、既製服では購入後に袖丈を調整することが多く、ボタンホールが完成している本切羽は採用しづらい仕様でした。
こうした背景から、本切羽は「オーダーメードならではのディテール」として広く認識されるようになりました。

Uniontailorsが必ずしも本切羽を勧めない理由
Uniontailorsでは、お客様からご希望があれば本切羽でお仕立てしています。
クラシックなディテールを好まれる方や、伝統的なテーラリングを楽しみたい方にとって、本切羽は魅力ある仕様の一つです。
一方で、私たちはすべてのジャケットに本切羽を採用しているわけではありません。
その理由は、「一着をできるだけ長く着続けられること」も、仕立ての価値だと考えているからです。

袖丈は、将来変わるかもしれない
本切羽は、一度ボタンホールを開けてしまうため、袖丈の調整に大きな制約が生まれます。
もちろん、袖を身頃から取り外し、袖山から丈を調整して付け直す方法もあります。しかし、この作業は高度な技術と多くの時間を要し、費用も決して小さくありません。
一方、開き見せであれば、袖口から比較的容易に丈を調整できます。
着る人の体型が変わったときはもちろん、そのジャケットを受け継ぐ人にとっても、大きなメリットになります。
一着を、次の世代へ
良いジャケットは、十年、二十年、あるいはそれ以上着続けることができます。
体型やライフスタイルが変わり、自分では着なくなったとしても、息子や甥、ご家族へ受け継がれることもあるでしょう。
そのとき、袖丈を柔軟に調整できることは、一着の寿命をさらに延ばすことにつながります。
私たちは、これもまた、クラシックテーラリングが本来持っていた価値であり、現代におけるサステナビリティの一つだと考えています。

伝統と実用性、その両方を大切に
本切羽は、美しい伝統的なディテールです。
だからこそ、お客様のご希望やジャケットのコンセプトに合わせて採用する価値があります。
一方で、開き見せにも、長く着続けるための合理性があります。
私たちは、本切羽か開き見せかという二者択一ではなく、それぞれに意味があると考えています。
テーラリングとは、伝統を守ることだけではありません。
その一着が十年後、二十年後も着続けられることまで考えて設計すること。
本当の価値は、袖口のボタンホールそのものではなく、なぜその仕様を選ぶのかという考え方にあるのではないでしょうか。