ラペルのボタンホールは、本当にボタンホールなのか

ラペルのボタンホールは、本当にボタンホールなのか

Written by Kenji Tanaka

ジャケットのラペルにある、小さな穴。

日本では「フラワーホール」と呼ばれることが多いディテールです。

でも、少し考えてみると不思議です。

そこにボタンはありません。
では、なぜボタンホールがあるのでしょうか。

もともとは、ボタンを留めるためだった

現在のジャケットでは、ラペルのボタンホールにボタンを留めることはありません。

しかし、ジャケットの前をより上まで閉じていた時代には、この部分が実際のボタンホールとして機能していたと考えられています。

その後、服の構造や着方が変化し、ボタンを留める必要がなくなっても、このディテールはラペルに残りました。

そして、もう一つの用途が生まれます。

花を挿すことです。

18世紀には、すでに男性がジャケットのボタンホールに花を挿している姿が絵画に残されています。1771年にThomas Gainsboroughが描いたCaptain William Wadeの肖像にも、その姿を見ることができます。

この習慣から、ラペルのボタンホールは日本では「フラワーホール」と呼ばれるようになりました。

フランス語では、この花を飾るためのディテールを boutonnière(ブートニエール) と呼びます。

現在でも、特に結婚式などのフォーマルな場では、ラペルにブートニエールを飾ることがあります。

ちなみに、よく知られている「プリンス・アルバートがヴィクトリア女王から贈られた花を挿すため、自分のラペルに穴を開けた」という話は有名ですが、これを裏付ける確かな史料はありません。

では、本当に「穴」なのか

ここからが、仕立ての話です。

ラペルのボタンホールには、実際に生地を切って開けるものと、開けないものがあります。

実際に開ける場合は、通常のボタンホールと同じように生地に切り込みを入れます。

花を挿す場合には、この方法が必要です。

さらに、ラペルの裏側、ボタンホールの下に小さなループを付けることがあります。

花の茎をこのループに通すことで、花をラペルにしっかり固定できます。

Left side: close top of a grey blazer with real button hole on lapel and navy blue felt flower put into it. Right side: the reverse side of its lapel, showing the pin of flower comes out from the real button hole and the loop placed beneath supporting the pin.

一方、生地には切り込みを入れず、ボタンホールのステッチだけを施すこともあります。

外から見れば、どちらもほとんど同じです。

しかし、一方は本当に開いていて、もう一方は「ボタンホールのように見える」だけ。

なぜ、開けないのか

現代のジャケットでは、ラペルのボタンホールを実際に使う機会は多くありません。

そのため、既製服では閉じた状態で仕立てられていることも一般的です。

オーダーメイドでは、実際に使えるボタンホールにするか、装飾として仕上げるかを選ぶことができます。

花を挿すのであれば、もちろん開いている必要があります。

しかし、ラペルピンの場合は少し違います。

ラペルピンはピンそのものを生地に通すため、ボタンホールが開いていても、閉じていても使用できます。

blue donegal tweed with multi color nap blazer with real crushed bullet pin on lapel

小さなディテールだからこそ

ラペルのボタンホールは、ジャケットの中でも非常に小さな部分です。

それでも、

開けるのか、開けないのか。
花を挿せるようにするのか。
裏側にループを付けるのか。
どの位置に、どの長さで仕立てるのか。

こうした選択によって、その意味も使い方も変わります。

そして面白いのは、現在のラペルに残っているこの小さなディテールが、かつての「ボタンを留める」という機能と、現在の「花やピンを飾る」という用途の両方を引き継いでいることです。

だから、ラペルのボタンホールは単なる飾りではありません。

それは、ボタンホールでありながら、必ずしもボタンホールとして使われるわけではない。

そんな、テーラリングらしい少し不思議なディテールなのです。

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